1. 無料アクセス解析

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

後藤健二さんの殺害。やっぱり言っておかないといけない。

  自民党の高村正彦副総裁は4日午前、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」に殺害された後藤健二さんについて「どんなに優しくて使命感が高かったとしても、真の勇気でなく『蛮勇』というべきものだった」と述べた。そして「個人で責任を取りえないようなことにもなる。政府が退避勧告などを出している地域に取材目的でも入らないようにしてほしい。後に続く、優しく使命感が高く、勇気のある人たちに対するお願いだ」と述べた。
  ワシもまったくの同感だ。今となっては、一部左翼系の人たちが、後藤氏を平和のシンボルとして神聖化しようとしているが、今回のイスラム国によるテロリズムの本質から目を遠ざけようという思惑が見て取れる。
故人を責めるのは日本人的感情からすれば気が引けるが、ことの重大性からやはり、言っておかなければならないと思う。ワシは、後藤氏は、ある意味戦後教育の被害者だと思っている。彼の母親がそうであるように、憲法9条があるから日本は戦争に巻き込まれなかった、9条があるから異国から侵略されなかった、武力は絶対に反対、話せば分かりあえる。このような義務教育の環境の中で育ち、「平和」や「愛」や「戦争反対」を叫んでいれば、世界は本当に平和になると信じ込まされてきた。だって憲法の前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と書いてある。まじめに勉強したならば、こういう思想になるのは当たり前だ。しかし、世界には、人命が1日の食料よりも軽くあつかわれる地域が多くある。というかそういう地域の方が多い。
  日本という平和の温室の中で純粋培養された国民が、まったく純真な気持ちで、平和に貢献したいと世界に飛び出す。そこが極悪非道の地、悪性ウイルスの繁殖地であったとしても、「話せば何とか分かってくれるはずだ」という希望が、彼らの使命感を一層駆り立てる。
  後藤氏はイスラム国に拘束された湯川氏を助けに行くといってシリアに出かけた。出発前に自ら動画を撮り、自己責任で行のだから、どうなろうとも構うなと言って出かけて行った。しかしこの動画には、どこか本気度が感じられなかった。アラブの紛争地域での経験もあるし、イスラム過激派にシンパシーも感じる、そして何より話せば分かってくれるはずだという自負があったのではないかと思う。彼の母親自身が、外国人特派員協会で、彼がシリアに行ったのは、「イスラムの国、お話をすれば分かり合える地球人たちだと判断したからだと思います。」と言っていた。しかし、現実は、まったく違っていた。しかし、それがわかった時にはすでに遅かった。母親の教育、学校での教育を忠実に守った結果が、この悲劇。彼は死に際に何を思っただろうか。
  後藤氏が殺害されたことが明らかになった時に、兄のコメント。「・・・・今回の健二の行動は軽率だったと思います・・・・・」。お母さん、お兄ちゃんのこのコメントをなんと聞く?
にほんブログ村 政治ブログ 政治評論へ
にほんブログ村


社会・政治問題 ブログランキングへ
スポンサーサイト

テーマ : 伝えたい事 - ジャンル : ブログ

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。