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日本人人質事件。人命第一などという言葉遊びはもう止めませんか。

  「イスラム国」と称するイスラム過激派に拘束されていた、フリージャーナリストの後藤健二氏が殺害されたようだ。これより先、やはり、同時に拘束されていた湯川遥菜氏も殺害されているので、この事件は最悪の結末となった。
  日本政府は邦人の救出のために最大限の努力をしたし、後藤氏殺害を受けての安倍首相のコメントも立派なものだった。テロには屈しないという強いメッセージを、改めて世界に発信したことで、世界の日本を見る目もいい意味で変わってくるだろう。今日、日曜の朝の報道番組はどこもこの事件について特集を組んでいた。日本人拘束当時のマスコミの論調は、「イスラム国」に同情的、つまり事件の背景にはアラブの秩序を壊したのはアメリカやイギリス、フランスであり、これが「イスラム国」を拡大させた。そして日本もかの国に同調して「イスラム国」の壊滅に協力しているという姿勢が今回の事件を招いたという論調であった。今日の報道番組では、さすがにそこまではっきりと物を言うコメンテーターはいなかったが、テロに屈しないことを支持すると言いながら、どこか反米、反西側の姿勢を漂わせていた。あるコメンテーターは、人道支援は人命が第一であり、怒りの連鎖が戦闘の連鎖にならないように実施されなければならないと言っていた。おっしゃるとおり、まったく賛成ですが、まったくのお花畑思考でもありますね。この期に及んでまだこういうことを言う人間を、コメンテーターとして出演させるテレビ局の幼稚さ、無能さに呆れる。
  アラブの難民問題は少なくとも、19世紀後半からはじまる、パレスチナ・イスラエル問題から現在のイスラム教部族間紛争にいたるまで、血で血を洗うような骨肉の争いがくり広がれてきた。そこでの人間の命は決して地球よりも重いわけではない。むしろ、一人の命は、二人の命よりも軽いのだ。こういう世界で生きている人間に、人道支援が戦闘の連鎖にならないようにと言ったところで、一人の命は、100人が一日生き延びることよりも軽いのだ。悲しいけれどこれが現実だ。
  後藤氏が拘束されているときに、参議院議員生活の党、山本馬鹿太郎は安倍首相が表明した中東地域への2億ドルの人道支援を中止して人質を救出してくださいと言った。これを中東地域の避難民が聞いたら、暴動が起こるかもしれない。山本は中東地域に入れないかもしれない。彼らにとっては日本人二人の命よりも、何千、何万という避難民の生活のほうが大事なのだ。これが当たり前の思考だ。
  日本人は、そろそろ言葉遊びを止めたらどうか。「平和」だの、「愛」だの、「命の大切さ」だの、綺麗事を言うと、何か自分が善人になったように錯覚して、現実世界が、メルヘンの世界に見えてくる。これをマーガレット病とでも言おうか。この病気が治らないまま老人になったのが後藤健二氏の母親だろうね。亡くなった後藤健二さんには同情もするが、ある意味かわいそうという感じを拭いえない。
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