1. 無料アクセス解析

河野談話、やっぱり見直さなければ、かえっておかしくなる。

  朝日新聞は、いわゆる従軍慰安婦報道の根拠となった吉田清治の証言が虚偽だったことを認め、これまでの記事を取り消した。しかし政府は河野談話の見直しはしないと言っている。この度幹事長に就任した谷垣も見直しに否定的な見解を示した。
  日本が性奴隷国家だったという世界的評判は、河野談話と吉田清治の著書「私の戦争犯罪」をもとにして作成された国連クマラスワミ報告によるところが大きい。この報告書の核心である吉田証言が虚偽ということになれば、河野談話とクマラスワミ報告自体が成立しないと思うのだが、政府は河野談話を見直さないという。何に配慮しているのかわからないが、世界では合理性のない配慮は通じないということを、この慰安婦問題をはじめ南京大虐殺、靖国参拝、アメリカにおける慰安婦像設置、竹島不当占拠、尖閣国有化問題などで学んできたはずではなかったのか。それなのに虚偽の報道により日本国の尊厳、日本国民の名誉を大きく傷つけたこの問題に対して、河野談話を見直さないというのはいったいどういう了見なのだろう。
  河野談話が閣議決定された発言ではないとはいえ、当時の官房長官の発言だ。世界は日本政府の公式見解とみるのが普通の感覚だと思う。日本政府がこれを見直さないということは、「日本軍が女性を強制的に連行し、慰安婦にした」という吉田の虚偽証言を、日本政府は肯定していることになる。政府は肯定している、一方報道の根本である朝日新聞は虚偽だったとして記事を取り消している。河野談話を見直さないというなら、しっかりとその理由を世界に、そして国民に説明すべきだ。国民の理解が得られているとは思えない。
  政府の立場、いち民間企業の立場、これが5年、10年、30年、50年と経つにつれ、世界はどちらの立場を事実と考え、支持するだろうか。
  配慮や誠意は、言ってみれば自己満足の範疇だ。日本人の考えや感情がそのまま理解されると考えることは、あまりにも幼児的であり、国際政治がなんたるかがわかっていないといってもいい。政府がしなければならないことは、道理がないことはしない、合点がいかないことはしない、これが基本原則だと思う。政府は原理原則の重さをもっと真剣に考えなければならない。
にほんブログ村 政治ブログ 政治評論へ
にほんブログ村





社会・政治問題 ブログランキングへ
スポンサーサイト

テーマ : 伝えたいこと - ジャンル : ブログ

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)