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「中国土下座交流の碑」にうんざり。

先日、ワシは仕事である国民宿舎に宿泊した。日本海に面した岬の突端部に位置している。宿舎の周辺、岬の先端にいたるまで公園化されており、きれいに維持管理されていた。これからの行楽シーズンには多くの人で賑わうことだろう。
ワシは外がまだ明るい夕刻に風呂に入り、島の背後に沈んでいく夕日を見入っていた。ふと目を横にそらすとこじんまりとした丘に石碑が立っている。よく見ると「日中不再戦の碑」と刻まれている。ここが歴史的に、日中戦争に関わりのある場所なのかと考えたが思いつかない。この施設が中国系企業から寄付金もらって建てられたのか、いやそういうことはないはずだ、などといろいろ考えたが、この石碑がここに建立されている意味がわからなかった。風呂の窓のすぐ下をみると園路があり、園路沿いに「日中不再戦の碑」へ矢印看板が立っている。来園客をこの石碑に誘導したいのだろう。しかしワシには、この石碑がなぜここに建っているのか、そしてこの石碑で何を訴えたいのかが釈然としないまま風呂を上がった。この碑のことを宿舎の従業員に聞くと、豊臣秀吉が朝鮮出兵のときにこの地から出兵したということのようだ。それなら「日韓不再戦の碑」とするのが妥当ではないか、なぜ日中なのか。
まあ、これが日中であろうが日韓であろうがどうでもいい。日本の朝鮮出兵は史実であり国民はこのことを学校で習ってきた。しかし、ここはリゾート施設だ。歴史の勉強に来ているわけでもないし、日中友好というスローガンに賛同して政治的視察に来ているわけでもない。出張先で仕事が終わり、ゆっくり風呂にでも入り、沈み行く夕日に見とれてくつろいでいたら「日中不再戦の碑」だ。せっかくのくつろいだ気分が壊されて少し不愉快になった。
どうしてもこの地内に建立するのなら、もっと別な場所があるはずだ。宿泊客のほとんどが目にするようなところに建立されているところにいやらしさを感じる。「不戦の碑」というのはいくつか見たことがある。戦争がない世の中にしましょう、友好関係が大事だということを訴えているのだろうが、「不再戦の碑」は少しニュアンスが違うような気がする。「先の戦争では多大な迷惑をかけた。だから十分に反省し、二度と戦争を仕掛けることはありません」という意思表示にも取れる。つまりワシにはこの碑が「贖罪の碑」に見えるのだ。そしてここでもまたため息が出た。
 「あーあ、中央政府の中国へのおもねりは今に始まったことではないし、そういう政治家の態度を見ると気分が悪くなるが、この地方の田舎でもやっぱり中国におもねっているのだなー。日本はそこまで中国に卑屈にならなければならないのか」と。
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