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現実が何人にも厳しいと、社会は不平等ではないか

ワシは2010年4月6日に以下のブログを書いた。その時見た小学校1、2年生の時の同級生を今日、また目撃した。ブログを書いた当時から3年が経過しているが、今日見た彼は、ワシより10歳くらい上に見えた。腰が曲がって、前のめりに歩く姿は3年前と変わらないが、歩き方がぎこちなく、時々止まって背筋を伸ばしているところを見ると、腰が痛いのかもしれない。ワシと同じ年齢の彼が、この先どう生きていくのだろうかと思うと、自然と涙が出てきた。
 以下、3年前のブログを再掲する。

「きびしい現実を、再認識した」
この前の日曜日、ワシは車で町内に買い物に出た。歩道のない車道で、歩行者に気を付けながら徐行していた。対向する歩行者を見てびっくりした。小学1、2年生のときの同級生である。44年ぶりに見る姿だったが、一目見てすぐにわかった。彼は知能が遅れていたが、われわれと一緒の授業を受けていた。3年生では別のクラスだったが、4年生から擁護学校に行った。ワシと同じクラスのときも、3年生のときも、みんなからからかわれ、拳を振り上げ泣きながら追いかけてきた。ワシも何回かはからかったことはあるが、今のイジメとはほど遠い。しかし、子を育てている今にして思えば、ワシも悪いことをしたなと反省している。彼の親も、知能が遅れているとはいえ、普通の子供と一緒に学校で学ばせたかったのだろう。こういう親心も知らず、子供はなんと残酷なことか。彼には1つ年下の妹がいて、同じ学校に通っていた。彼女は健常だったが、あいつの妹と指を指されていた。兄がからかわれているところを、何回も見ているだろうが、どんな気持ちだっただろう。家に帰って、親にどんな話をしたのだろう。あのころのことが走馬灯のように思い出され胸が詰まる思いだった。その彼が、今ワシの車の左ドアの横を歩いている。キャップをかぶっているが、顔は色黒く、しわが多い。腰は曲がっている。腰に障害があるようで歩き方もぎこちない。しかし間違いなく彼だ。町は広いとはいえ、彼は同じ町内に住んでいたんだ。小学校のある町ではないが、ワシは住んで11年だが、彼はこの町にどれくらい住んでいるのだろう。いままでどのようにして生活してきたのだろう。ワシらの年代から察すると、親は他界しているかもしれない。生存していても親が面倒を見ているとは考えられない。かれは何をして食っているのだろうか。いや、現にこれまで食ってきている。彼から見ると、ワシなんぞヌクヌクと生きてきた人間だろう。これからの余生も彼は彼なりに食っていかなければならない。それはワシだって同じだが、ワシは恥ずかしくて彼の前には出られない。ワシも人並みには苦労はしてきたと思うが、彼がこれまで生きてきた肉体的、精神的苦痛を思うと、その苦労は100分の1にもならないかもしれない。彼はひとりで買い物をしての帰りのようだったが、一人で生活しているのだろうか。もしそうだとしたら、現実というのは何と厳しいものか。彼の姿を見ると、給料が安いとか、休みたいとか言っておられない。彼から勇気をもらったような気になった。
お互いに頑張ろうぜ、○○君!
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テーマ : 今日のつぶやき - ジャンル : ブログ

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