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どこか同情したくなるおじいちゃん

 今日、駅のバスターミナルで帰宅のバスを待っていた。6時半頃で、多くの人が並んでバスを待っていた。バスが来て、その系統のバス列にならんでいた客がバスに乗り込み、バスは信号待ちで発車を待っている状態だった。そこに、人を押しのけるようにして、80才を少し超えたと思われる老人が小走りで、バスに乗ろうとしていた。ワシのところからはバスは見えなかったが、ほどなくバスは発車した。しばらくすると、バス乗り場乗降ドアのほうから先ほどの老人が鼻血を出しながらこちらに戻ってくる。ワシの後方にあるターミナルの壁に寄りかかった。そこで鼻血でも拭くのかなと思い、その時はさほど気にも止めなかったが、しばらくして振り返ると、その老人は無料の情報誌立てに寄りかかって、鼻血を出したままだ。ワシはカバンにポケットティッシュを持っていたのでそれからティッシュを一枚抜きながら老人に近づき、「どうしました?」と言ってそのティッシュを渡した。老人は、ティッシュをもらい、「こけたんです。」と言って、無造作に鼻血を拭いた。老人は鼻血で染まったティシュを、一瞬その場に捨てようとしたが、すぐに右手で握り潰した。ワシは、この老人は常識がある人だなと思った。「どちらに行かれます?」と聞くと。「〇〇団地です。」という。この乗り場には〇〇団地行きのバスは来ないはずだがと思いながら、乗降ドアの上に掲げてある路線図を見ようとすると、列に並んでいる女性が、「〇〇団地はとなりの乗り場ですよ。」と声をかけてくれた。ワシは同じことをその老人にはなし、となりの乗り場を指差し、「あちらの列に並ばれたらいいですよ。」と言った。老人は、「はい」といってあわただしく隣の乗り場に歩いて行った。
 残ったポケットティシュも老人に渡したが、あれで足りただろうかと思いながら、人の良さそうなその老人に、どこか同情している自分がいた。バスが来た。乗り遅れまいと人をかき分け小走りにバスに近づくと、途中でこけてはなを打って鼻血が出る、見るとバスは違う行き先だ。ましてや、ここは〇〇団地行きのバス乗り場ではない。あー、自分は何のために走り、大勢の人前でこけて鼻血を出したのかと、その老人も思ったに違いない。この老人も一家を背負い、社会の末端で一生懸命に働き、家族を養ってきたことだろう。しかし、鼻血で顔を汚し、隣の乗り場にあわただしく歩いていく老人の後ろ姿には、往年のたくましさや、元気良さを想像できるものはなく、ただ寂しい背中があるだけだった。ひょっとするとこの老人も、これまでの人生、一生懸命に働いてきたが、途中でこけたり、これだと思って走ったら、全くの見当違いであったりの繰り返しではなかったのかと想像したりする。これまでのワシの人生に重ねるとなおさら同情したくなる。
 しかし、世の中は、ほとんどはこういう名もしれぬ人間が地道な生活の上で作ってきたものだ。スポットライト浴びた一部の人間が作ってきたのではないということだけは、声を大にして言いたい。市営住宅のある〇〇団地行きのバスに乗った老人に、この先、幸多かれと願いたい。そして我が同志、先輩と叫びたい。
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テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

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