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障害者にやさしいまちの障害は健常者です。

 今日会社帰りのバス停でいやな思いをした。このバス停は歩道上にあり、バス待ちの帰宅者が歩道上にあふれていた。幅3mくらいの歩道には歩行者はもちろん自転車も通る。歩道の中心部は、歩行者や自転車の通行のために開けられていたが、それでも1mくらいに狭まっていた。
 ここに片足が不自由な、両脇で松葉杖をついた青年が通って行ったが、彼が跳ね上げた松葉杖の片方が、バス待ちをしていた初老の男性の足に当たったらしく、「あいたっ!」って聞こえた。青年はすぐに振り返ったが、誰に当たったかがわからないらしく、目で人を探しているようだった。するとその男性が、「人に当てたらすぐにあやまらんか」と言った。青年はすみませんと頭を下げて、松葉杖をついて歩いていった。 バスが来たのでワシはそれに乗ったが、バスの中でじわーっと怒りがこみ上げてきた。青年の松葉杖がどれほどの強さで当たったか知らないが、「あいたっ!」って声を出すほどのことか。松葉杖で歩いている人を想像してもわかるはずだ。ワシに当たったとしても、ワシなら黙って自然にしているし、彼が振り返ったら、手を軽く上げて、「大丈夫!」の仕草をしただろう。その初老の男性は、バス待ちの集団の端っこにいて、松葉杖の青年が来るのが見えていたはずだ。であれば、後ろに下がって彼が通るスペースを開けようするのが普通ではないか。謝るのは青年ではなく、彼の通行を妨げたこの初老の男性だ。
 障害者にやさしいまちづくりという言葉をよく耳にする。ワシが子供のころに比べたら格段に良くなっている。点字ブロックは整備されているし、乗り物には優先席があるし、手すり、バリアフリー、階段の昇降装置も設置されてきている。しかし、この初老の男性のように、自分の被害だけを口に出し、謝罪を要求する姿をみると、何が障害者にやさしいまちづくりかと思う。道徳心の欠如は若者だけではない。大人も同じだ。障害をもつ人にとって、世の中はやっぱり住みづらいところなんだなという思いを強くした。松葉杖をついて歩いて行った青年の後ろ姿をみて、申し訳ない気持ちで一杯になった。
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テーマ : 伝えたい事 - ジャンル : ブログ

コメント

No title

 こんにちは。

 障害者に対しすすんで理解と言うか救いの手を伸ばそうとしないのって、ホント共生共存の精神に欠けているとしか言えませんね。

 日本社会全体で見れば、障害者に対するインフラ整備はまだ不十分でしかなく、未だ差別や偏見もあり、これでいてどこが障害者に優しい社会なのかとつくづく思います。

 仰る通り、道徳心の欠如が挙げられますが、根本的な問題として教育に問題があるとしか言えないですね。これもまた道徳教育を否定し続けたなれの果てって言うか・・・!? 道徳教育をロクにしなかったからこう言う人間ばかりになってしまったのかと思います。今日本の教育改革で必要なのは英語必修化でなく道徳教育の強化ではないでしょうか。

Re: No title

>  コメントありがとうございます。
まったくそのとおりだと思います。
まともに日本語も話せない小学生に英語を教えるよりも、国語をしっかり教え、美しい日本語、美しい詩、美しい旋律に触れさせて情緒を養い、そこに人としてのあるべき姿、道徳を教育することで、人に優しい人間が育まれると思います。こういう教育を否定し、個人の権利や個性、自主性ばかりを教育するから自分本位の、思いやりのない欠陥人間ばかり出てくるのです。日本の左翼は、福祉、福祉と言いますが、彼らの求める教育は個人の権利や個性、自主性の尊重です。この二つは表と裏、交わらないのです。それを日教組は分かろうとしないのです。やっぱり、日教組は日本のガンですね。

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