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小沢はただの壊し屋か、それとも何か言えない裏があるのか

 社会保障・税一体改革関連法案が26日、衆院本会議ですったもんだの末可決された。小沢をはじめ57人の造反が出たが、数の多少はあるが既定路線として驚きはしなかった。ワシは法案の内容よりも、小沢はやっぱり「壊し屋」だなと改めて思った。新党を旗揚げするだろうがあとは時期の問題だけだ。
 この男、自民党時代は創政会、経世会と、自民党を壊した後、自民党を出て、新生党に始まり新進党、自由党、そして民主党とスクラップ&ビルドを繰り返してきた。この男がそういう星の下に生まれたのか、自らの意思でそうしているのかわからないが、おそらく後者だろうと万人が思っている。自分の思い通りにならないときは、とにかく現状をぶっ壊す。子供が思い通りにならない時に、おもちゃを投げて壊すのと同じだ。小沢ちゃんの頭はこの子供程度だということだ。
 では、小沢は何が気に入らずにぶっ壊わしているのか。それぞれの局面でぶっ壊す大義はあったろうが、要は自分が首相になる道を作るために壊し屋を演じてきたのではないか。小沢は1987年の竹下内閣では官房副長官に就任。続く1989年の宇野内閣期には経世会の事務総長に就任した。この時期、日米間の建設市場開放協議や電気通信協議といった困難な交渉を取りまとめたことで政界での評価を高めた。また、1989年の第一次海部内閣では47歳で党幹事長に就任している。小沢にとって、このころが最も首相に近かったのかもしれない。しかし、その後の小沢は亜流に走る。往時の口惜しさが忘れられず今でも首相への望みを捨てていないのではないかと思う。
 ワシには政治家小沢の国家観が分からない。小沢が自民党で権勢を振るっていた頃、ワシは自民党は保守本流と思っていたから、当然党の実力者である小沢も保守を名乗るにふさわしい政治家だろうと思っていた。しかし、小沢が自民党を出てからの彼の国家間というか思想が皆目わからなくなった。とくに民主党にいるときの彼の言動には目、耳を疑った。韓国に行って外国人参政権の成立を約束したり、天皇のルーツが韓国にあると言ったり、中国の胡錦涛に子分、支持者600人を引き連れて朝貢外交したり、日米基軸を否定する日米中正三角形論を言い出したり、在日米軍は第7艦隊だけでよいとほざいたり、女性天皇を認める発言をしたり、A級戦犯の靖国合祀に反対したり、この男は少なくとも保守ではないことがわかった。いや、この男には思想というものがないということがわかった。首相になるためなら中国でも、韓国でも、ロシアでも、北朝鮮でも利用しますという姿勢だ。こういう男が時の政府与党で権勢を振るっていたのかと思うと身の毛がよだつ。当時の政府の重大機密が韓国や中国に漏えいしていたのではないかと疑ってしまう。
 自民党には小沢アレルギーがあり、もうそれは小沢を生理的に受け入れられないという感じだ。とくに石原都知事は小沢と一緒になることは死んでも嫌だと言っている。小沢に政治家としてのポリシーがないというだけであれば、バカにして相手しなければすむ話だが、死んでもいやだというからには、我々が知らない何かがあるように思われる。ワシはそれが知りたい。
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テーマ : 小沢一郎 - ジャンル : 政治・経済

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