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気が利かない女

 ワシはいつも出勤、退勤のバスのなかで本を読む。今日も退社してすぐに最寄りのコーヒーショップに入り、吉村昭の「冷たい夏、暑い夏」を読んだ。癌に犯され死期が近い作者の弟を愛情をもって看病し、その死を見つめる感動の小説だ。ワシも父を癌で亡くしたが、就職して間もないころで、遠くの土木の現場で仕事をしていたせいで父の看病はできなかったが、看病にあたった母や兄弟の苦労に思いを馳せながら読んでいる。
 コーヒーショップで1時間ほど読んで帰路につくが、帰りのバスのなかでもまたその続きを読む。今日もいつもどおり始発のバスに乗り、一人掛け座席に座り本を読み始めた。ちょうど帰宅ラッシュとも重なり次々に人が乗ってくる。車内は満員でワシの横にも吊革をもった若い女性が立っている。当然ながら車内灯は遮られ本を読むことができなくなった。しかたがないことだ。団地前まで我慢すればそこで多くの人が降りるから、立っている人はほとんどいなくなる。そこから本を読み出せばいいと思っていた。
 団地前に着いた。案の定多くの人が降りている。吊革を持っている人は2,3人になった。ワシの横の女はそこで降りなかったが、立つ場所を替えようとはしない。ワシはこれ見よがしに文庫本をパラパラとめくり、照明の当たるほうに本を差し出し読む振りをしている。この女が、照明を遮っていると気づいてくれれば場所を替わってくれるだろうと期待してのことだ。ところがだ。この女はワシの横から離れようとしない。ワシは顔を上げ、天井を見るふりをして女を睨みつけている。内心では、「あっちに行け!」、「反対側の吊革があいているだろうが!」、「早く降りろ!」と次第に頭に血が上ってきた。ワシの気持ちも知らず、この鈍感な女はすまして立っている。ワシは本が読みたいんじゃ。この気持ちを察してくれよ。ねっ。ちょっと気が利く人であれば、場所を替わるとか、横にずれるとかしてくれるよ。
 そうこうしているうちに降りるバス停が近くなってきた。1ページでも読ませて下さいと祈る気持ちになったが、この女はワシの横を動かない。結局この女が降りたのは、ワシの降りるバス停の一つ手前だった。あきらめて、この女が降りるときに顔を睨みつけた。びっくりした。めちゃめちゃ綺麗な女性だった。いままで内心でクソミソ言っていた気持ちが吹っ飛んで、ずーとぼくの横に立ってていいよ、と言いたい気持ちになった。この女性、いつもこの時間のバスに乗るのかなー。
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テーマ : ひとりごと - ジャンル : ライフ

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