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変質する「和」の文化

 今日、帰宅途中に乗る地下鉄の座席で、プリペードのバスカードが入った定期券入れをを拾った。座席に座っていた人がズボンの後ろポケットに入れていたのだろうが、座っているうちにポケットから出て、気づかずに降りてしまったのだろう。
 ワシはその地下鉄に乗ったときに、向かいの7人掛けの座席の一番端にそれがあるのがわかったが、その隣に中年の女性が座っているし、向かいの座席にも会社員の男性が座っている。当然その定期券入れを見ているし、彼らが拾って遺失物として届けると思って、ワシはそばの空席に座った。次の終点駅について降りようと立ったら、その女性も向かいの男性も知らんふりして降りようとしている。それを見てワシはその座席に行って定期券入れを拾って地下鉄を降り、改札を出る前に、駅員室に届け出た。なんでこんな簡単なことができないのか、同じ大人として情けない気持ちになった。
 定期券入れを拾って中に入っているプリペードカード自分のバスカードとして使用することはできる。人前でそれを拾うとネコババするんじゃないかという目で見られているという引け目を感じるのは確かだが、それよりもそれを落とした人の気持ちを第一に考えることのほうが大事だと思った。実はワシもバスのプリペードカードを車内に落として、それが無事出てきた経験がある。プリペードカードにはそれほど大きな金はチャージされていなかったが、まったくの手つかずで出てきたことに、拾ってくれた人の正直さに感動した。だから今日は、落とした人は今慌てているだろうな、早く駅に問い合わせをして、届けられていることを知って安心して欲しいなという気持ちがワシを動かした。いいことをしたという気持ちはない。しかし、人目を気にして、当然の行為すら知らん振りして、しないでおこうと考える大人がいることは由々しき問題だ。こういう社会で子供は健全に育たないばかりか、お互いが無関心を装うことで社会の絆がどんどん薄れていくような気がする。
 「絆」、「がんばろう」、「心はひとつ」などという綺麗事ばかりが口から出るが、東北大震災の瓦礫処理にみる受け入れ反対運動のようにそれが無味乾燥した実態のないものだと分かってきた。有史以来和」の文化を育んできた日本も、異質な文化に変質していっているような気がしてならない。それがワシにはちょっとした心配ごとだ。
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まとめtyaiました【変化する「和」の文化】

 今日、帰宅途中に乗る地下鉄の座席で、プリペードのバスカードが入った定期券入れをを拾った。座席に座っていた人がズボンの後ろポケットに入れていたのだろうが、座っているうちにポケットから出て、気づかずに降りてしまったのだろう。 ワシはその地下鉄に乗ったとき...