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由紀さおり いいねー。

 昨年の暮れ、由紀さおりが欧米で大ブレークした。Kayokyoku(歌謡曲)が日本語のままで、欧米でヒットしていることにワシも驚いていた。それも何で由紀さおりなの?という感じだった。インターネットでも評判だったので、ワシも暮れの押し迫った頃、行きつけのレコード店というかCD店で「PINK MARTINI&SAORI YUKI 1969」を買った。目的はただ一つ。「夜明けのスキャット」だ。我々の世代では、由紀さおりといえば夜明けのスキャット。1969年のヒットで由紀さおりのデビュー曲。ワシが小学6年のときだ。
 この曲には特別の思いがるある。近所の同級のシンジ君が白い小さな犬を拾ってきた。ワシの弟、近所の遊び仲間みんなで可愛がっていた。シロと名前をつけた。だれかが飼うというのではなく、みんなで面倒をみていたが、既に犬を飼っているシンジ君が主に面倒をみていた。可愛く、賢い犬で大人からも好かれていた。最初は子犬と思っていたが、結局はこれ以上大きくはならなかった。こういう形で1年くらいは可愛がっていたのだが、あるとき学校から帰るとシロがいない。弟も同じことを言う。その夜、母が用事でシンジ君の家に行ったときわかった。シロをシンジ君の家の実家近くに捨ててきたという。2匹も面倒みきれないということだった。
 その話を聞いた時の悲しさというか、虚脱感というか、どうしてという怒りもあり、その時の気持ちは今も忘れることができない。そういえばその日、シンジ君は、遊ぼーって来なかった。弟もその夜、あまりしゃべらなかった。そのときテレビの歌謡番組から流れていた曲が「夜明けのスキャット」だった。シロが恋しくて泣きたいような気分だった。それ以来、ワシはこの曲を聞くと、そのときのことを思い出し胸がキューンとなる。
 由紀さおりのCDを正月休みに何回も聞くうちに、この曲だけではなく、当時ヒットした「真夜中のボサ・ノバ」や「ブルーライト ヨコハマ」もなかなかいいと感じるようになった。曲のセンスはいまでも色褪せない。作曲家の筒美京平、いづみたくってすごかったんだなと思う。そして詞がまたいい。作詞家の橋本淳 山上路夫は詩人だねいま、こういう歌詞を書ける作詞家っているのかなー。ワーワーが鳴り立てるだけの、幼稚な歌詞で何言っているのか聞き取れない歌が主流のいまの歌謡界にあって、一服の清涼剤になったCDである。
 そう感じるのはワシが年をとったという証拠か。
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テーマ : 懐かしい歌謡曲 - ジャンル : 音楽

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