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花火中止を決断させたのは誰だ!

あーあ、またかと嘆息する。国民という名のクレーマーがのさばっているとしか思えない。そのクレーマーに行政が怖気づき、まんまと彼らの目論見どおりにイベントを中止した。それにしても行政がなんでこんなにもフニャフニャで気骨がないのだろうかと思っている。愛知県日進市で行われた花火大会の実行委員会が、福島県川俣町で製造された花火の打ち上げをとりやめた。花火が放射能に汚染されていないか、花火が爆発して、放射能を撒き散らさないかといった20件の反対メールや苦情に反応したものだ。ついこの前の盆には、京都の「五山送り火」の「大文字」で使われるはずだった岩手県陸前高田市の松をめぐり、同様の反対意見により高田の松は使用されなかった。また、福岡市内の大型商業施設でも、福島県産の農産物を販売する「応援ショップ」の出店が、抗議のメールなどによって阻まれているいずれも反対メールや抗議電話は数十件で、これを市民を代表した意見と考える行政の臆病さというか、ポリシーのなさに憤りを通り越して情けなさや、無力感を感じているのはワシだけじゃろか。今回の花火も、花火業者の敷地で測定された放射線量は、健康に問題のないレベルだと確認されているし、花火は昨年製作されたものだ。反対メールや抗議に対して、堂々とこういう事実を告げ、イベントを実行すればいいではないか。変に妥協して中止したことで、結果的に反対メール、抗議を容認したことになる。つまり、福島産の花火や野菜、蒔が放射能に汚染されているということを市民に告知したようなものだ。「新たな風評被害の原因となる」と川俣町が、猛烈な抗議を行うのは当然だ。しかし、こういう態度はこれらの主催者だけに見られる傾向ではない。日本国政府をはじめとする日本国民全体がもつ傾向だ。日本人はとにかく何か事が起こらないことを最優先に考え、事前にその懸念を払拭することに多くの精力を傾ける。それにより、主催する会が実につまらないものになってもそれは二の次だ。問題を起こすことなく会を終えることが大事なのだ。国民自体も、事が起こると結果責任を追求する国民性だこの国民性が行政を臆病にし、「安全」を盾にして何もしないことを行政にさせている国内問題であればそれで済むかもしれないが、国際政治でこういう態度をとれば甚だしく国益を毀損する。日本は事が起こらないようにと妥協したつもりでも、相手国は日本に負い目があるから妥協したと判断し、一層強く自分の立場を主張してくる。こうしてこれまでに日本国がどれだけの損出を被ったことか。時の自民党政権のボンクラ政治家よ、そして今の民主党政権の素人政治家よ、そして、チャイナスクールの売国外交官よ、よく考えろ。
 とはいえ、こういう連中に政治をさせているのはわれわれ国民なんだよなー。
 花火中止を抗議するまえに、なんでも結果責任を行政に追求している自分たちの態度にこそ、抗議をしろ!
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テーマ : このままで、いいのか日本 - ジャンル : 政治・経済

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