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原発安全神話の崩壊

福島原発事故で原子力発電の安全神話が崩壊したと連日マスコミは報道している。むしろ原子力発電の安全神話を崩壊させようとしているのはマスコミではないかと思ったりしている。今回の事故で検証されなければならないのは、原子炉は震度6強(原発立地点の震度)の地震に耐えることが出来たのか、津波により破損されたのかである。これらをごっちゃにして原子力発電の安全神話を議論していることに疑問を感じる。福島原発は想定震度8で建設されている。にもかかわらず今回の震度6強で破損したとなれば、これは設計および施工の瑕疵を問われるのは当然だ。つまり人災だ。しかし、津波で原子炉が破損したとなれば話は別だ。津波を受けない高台に原発を建設すれば済む話だ。今の状況でこんなことを言うと感情論から批判はでるだろうが、科学は感情論で論じてはいけない。そもそも、原子力発電の必要がなければ、または国民がそれを必要としないと覚悟を決めればそれに越したことはない。人間の力で制御できない文明の利器などはないほうがいいに決まっているからだ。しかし近代社会は電力を消費することで発展してきたことは紛れもない事実だ。それにより人間はより幸福になってきた。人間の叡智で、原子力に替わる安定供給が可能な代替エネルギーを早く開発することが望まれるが、現段階では、社会の需要を満たすほどの代替エネルギーはまだ具現化していない。こういう中、原子力発電の安全神話は崩壊したと事あるたびに報道されると、それは原子力発電のすべてを否定する風潮になり、どこに原子力発電を作ろうが、想定震度を10にしようが、原子力を使うものはすべてダメだというようにしか世論は高まらない。原発反対派の人たちは究極はそこに持って行きたいのだろうが、それをマスコミが煽ってどうするのよ。これまで、国や電力会社は原発は安全だ、事故が起こる確率は車の事故に遭う確率よりもずっと低い、と国民に言い続けてきた。今回の事故でそれが嘘であり、国民を騙してきたというのが反原発を叫ぶ人の背景にある。安全に絶対はないんだ、だからこんな危険な原子力発電は即刻止めるべきだという。それもいいだろう。だったらこうも言ってほしい。「安全に絶対はないから原発は止めましょう。だから私たちは夏の冷房も我慢します。冬の暖房も我慢します。ヘアードライヤーもかけません。みんなで節電に協力しましょう。」と。そして、こうも言ってほしい。「安全に絶対はありません。だから憲法9条があるからといって戦争にならないという保障はありません。いつどこで戦争になるかわかりません。だから自衛隊を増強して国民の安全を確保しましょう。」と。なんだか過去の美濃部都政のときのように、「一人でも反対があるかぎり、橋は架けません。」といった風潮に似てきたなー。
安保反対国民大運動、そして今、原発反対国民大運動、ともにそれをマスコミが煽っている。時代が逆戻りしてきたと感じるのはワシだけじゃろか。
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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

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