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原子力の安全神話について

今回の福島原発の事故で、原発の安全神話が崩壊したという論調が席巻している。放射線漏れ、それに伴う住民避難など、地域の生活および経済が壊滅している状況では当然のことながら原子力発電に対する不信感は増すばかりだ。原子力発電所の新規建設はもちろん、定期検査で運転を休止している原子炉も再開がままならない状況だ。この事故を契機に国はエネルギー基本計画を白紙に戻し、原子力から風力、太陽光などの自然エネルギーにエネルギー政策を転換するという。今の状況を考えると、原子力をエネルギー政策の根幹するとは言い出せる状況ではないし、国民のコンセンサスを得ることは困難だ。こういう世情に便乗して原子力の危険性を強調し、反原発運動を拡大させようという一部の政治勢力の動きも垣間見られる。原子力発電は、事故が起きた時の影響の大きさを考えると無いほうがいいと誰もが考えることだ。しかし一方で、高度に発達した文明を維持していくために、より多くの電力を必要とする社会を築いてきたことも事実だ。だから、国民が原子力発電のない社会に戻ることを受忍するというのであればそれは尊重される選択ではあるけれども、電気代の値上がり、産業活動の停滞、経済力の低下等のデメリットも享受しなければならない。だが、ここまで文明が高度化した社会にあって、国民がこのような英断を下すことはできないとワシは思っている。であるならば原子力発電と共存していかなくてはならないというのが文明人の性ではないか。そこに科学技術を結集した人間の叡智が求められる。今回の原発事故では、放射能漏れだけが毎日毎日報道され、だから原子力発電は危ない、安全神話の崩壊だという論調だ。そもそも今回の事故、想定外の津波により、原子力発電所の全電源が喪失したことが直接の原因だ。これにより原子炉の冷却が不能になり、水素爆発を誘発し、原子炉が損傷したというものだ。M9.0という地震とそれにより発生した14mの津波に対して、原子炉は構造上耐えることができたのか。仮に予備電源が被災せずに、原子炉を冷却できていれば、水素爆発は起きずに、原子炉の損傷はなかったのか。原子炉の損傷が地震によるものか、水素爆発によるものかで日本の原子力発電の評価は180度変わる。前者であるならば、世界一と言われた日本の耐震技術でも耐えることができなかったから、原発は諦めざるを得ないということになるし、後者であれば、電源を被災しない個所に建設すれば、原発は安全だという判断にもなる。この場合日本の原発建設技術は世界一という評価にもなる。そしてこれは技術的には難しいことではない。原発の安全神話の崩壊を言う前に、何が放射能漏れを起こしたのかという原因を冷静に検証することが、国と東電の「科学」に対するする説明責任だ。
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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

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