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過剰な安全意識

東北大震災で東京電力の福島原子力発電所が被災し、放射性物質の炉外への漏れに対し懸命の防御作業が行われている。自衛隊、東京消防庁、東電作業員には頭が下がる。とにかく頑張ってくれとエールを送るしかない。こういう中、福島県で生産された原乳や茨城県で生産されたホウレンソウに基準値以上の放射能が検出された。原乳については域外に提供されていないから、牛乳や乳製品に使われていることはないというし、茨城県はホウレンソウの出荷を停止するという。政府の発表では、人体には全く影響のないレベルだ。原乳については同放射能量の牛乳を1年間飲んでもCTスキャン1回分相当、ホウレンソウについてはCTスキャン1回分の5分の1相当だという。だったら政府、マスコミはなぜこんなにも1面で報道するのか。茨城県は何故出荷を停止するのか。情報を公開することが、かえって不安を煽っているのではないか。基準値を超えた数値というが、その基準値は何の基準値なのかということが一向に報道されない。それが健康に関する基準値ならば由々しき問題だが、それが、原子炉の技術的基準や安全対策上の基準値ならば、そのことを言ったうえで「健康上での基準値ではない、健康に問題はない」と言わなければならない。基準値という言葉だけが一人歩きし、情報を混乱させている。それは伝える側に問題がある。原発事故の避難についても、30Km圏内の住民が全員避難したが、自宅退避で全く外出ができない地域だけではなく、肌を露出させなければ普段通りに外出できる地域もあるという。テレビである識者が言っていたが、動かさなくていい人まで動かしていることが現実に起こっている。何でも安全のためといえば、最悪のケースを考えて行動することに越したことはないが、それは過剰反応と表裏一体である。毎回毎回、これを繰り返していると狼少年よろしく、情報の信頼性がなくなる。そこに政治判断が求められるのだが、今回の政府の対応をみていると、無条件に安全側に、安全側にという配慮が見えてくる。安全を鑑み避難させたつもりが、結果的に避難者にそれ以上の不安と不安定さを科したことになったということも十分考えられる。どこで線引きするかは難しい問題だが、政治、行政、識者の連携の大切さを痛感した。
報道を見ていて、一つ感じたことは、今回の事故の対応について、30Km圏内の住民全員避難までは必要ないのではないかと考える原子力の学識者もいたが「放射能」、「安全」という錦の御旗の前に何も発言が出来ないという雰囲気をマスコミが作ってしまったことは心配だ。
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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

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