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ワシもぼやくよ、「今の若いヤツは・・・」

ワシは通勤で路線バスを使っている。バスに乗るとすぐに文庫本を取り出して読み始める。降りるまでの僅か20分間だが、よく集中して読むことが出来る。これが通勤時の日課になり、今秋は現在まで6冊を読破している。今日もいつもながら本を読み始めると、2つ先のバス停から2、3人の女子高校生が乗ってきた。ワシと同じバス停から乗ってきた、後ろ座席の女子高校生の横にへばりつき話を始めた。各自高校は違うようだが、おそらく中学校が同じで知り合いなのだろう。高校生たちも朝課外に出席するべく早いバスで通学だろうと、心のなかで「ご苦労さん」と言いたいところだったが、彼女たちの話が実にくだらなく、大きな声で話し、笑うので、ワシは本が読めなかった。高校生ともなれば、読んだ小説の話、勉強のこと、部活のこと、映画の話などいろいろあろうと思うのだが、男の先生が好きになって授業そっちのけで顔ばかり見ていただの、彼女は元彼とデキチャッタらしいよだの、聞いていてこちらが恥ずかしくなった。同乗のほかの高校生は単語帳と睨めっこしたり、化学反応式を覚えたりしているのにである。中学、高校ひいては大学生の学力低下が叫ばれて久しいが、いまワシの横でダベっている女子高校生も例に漏れずこの類だ。まず、公共道徳を知らない。公共の乗り物であるバスの車内で話をすることは自由だが、他の乗客のことも考え小さな声で話をするいう遠慮がない。ましてや眼下の座席の乗客は本を読んでいる。何故にそのような配慮ができないのか、ワシには不思議でならない。それと、話の内容だ。低劣、下品な話を耳元でコソコソと話ししている分には構わない。他にその内容が聞こえないから問題にもならない。しかし、それを狭いバスの車内の、公衆の面前で聞こえよがしに話しをされると、ちょっと待てと言いたい。ワシらというより、一般の人は、そのような低劣な話を、他に聞こえるような声で話すことが恥ずかしいと思っている。ところがこの女子高校生はそういう感覚はないし、こういう学生が少なからずいるということも事実だ。恥ずかしいという感覚が欠如している。だから、車内で化粧をしたり、眉か書いたり、髪をブラッシングすることも平気だ。これは、家庭のしつけも関係しているだろうが、学校教育にも大いに起因していると思われる。常識を常識として教えてこなかった文部省=日教組教育の弊害だと思う。こういう人間が、成人し、親になる世の中とはいったいどういう世の中だろうか。いまでもそういう世の中に変わりつつあるが、そういう人間ばかりの世の中になった日本という国は、国家としての体を成し得るのだろうか。心配にもなり、関りたくもない心境だ。
これでいいのか、日本!
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テーマ : 子供の教育 - ジャンル : 学校・教育

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