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女の家庭観は確かに変わった

今日は水曜日、ノー残業デーだったので、久しぶりに仕事を早く切り上げ、書店に寄って本を物色し、静かな喫茶店で1時間余読書をして帰ろうかと思った。いい本があったので買って、コーヒーでも飲みながら、静かに読める場所を探したがそれがなかなか見つからない。時間が早いこともあり、学生や、OLでいっぱいだ。そしてとにかくやかましいのだ。そんなところで読書はできないので、静かな場所を探しながら駅の地下街をさまよった。決して静かとは言えないが、ま、ここにするかと妥協して店に入り、コーヒーを注文して席についた。本を取り出して読み始めたとたん、隣のテーブルにいた40代半ばの女性2人が大声で話を始めた。お互いに仕事の愚痴を言い合い、共感して、友達も呼ぼうということらしい。となりの女が携帯電話を取り出し、話始めた。「あ、吉原、あたし。いま鈴木とコーヒー飲んでるの。来ない? 山口にも声かけるけど、ベトナム旅行のみやげもあるし。あ、飲んでるの。30分後でもいいわよ。そして、みんなでそば食って帰ろうよ。」 最近では女性も友達を呼び捨てするようだ。6時30分だったが、電話先の女性はもうすでに飲んでいる。いったい何時から飲んでいるのか。ワシらの感覚からいえば、40代半ばであれば、子供がいれば中学から大学生くらいだろう。早く家に帰って、夕食の準備をしなくちゃと思わないのだろうか。こういうことを言うと、なんで女が夕食の準備をするもんだと決めつけるのかと詰問されそうだが、ワシは保守的で古い人間だから、そういう男女同権とかいう思想には今いち馴染めない。旦那の夕食はだれが作るのかなと心配になる。今から30分待って、おしゃべりをし、そば食って帰ったら9時だろう。そば食っているから自分の夕食はなしだろうが、家族は大丈夫かなと思ったりする。すると、となりの女の話が聞こえ、娘もこの辺でうろうろしているとのことだ。専門学校生か短大生か就職しているか知らないが、子は子、旦那は旦那、私は私でそれぞれが自由気ままに生活しているようだ。家族のありかたも人それぞれだが、このような形の家族が多くなっていることは事実だ。親の年代からいって、学校教育でそのように教えられてきた世代だ。つまり、個人の自由、男女同権、自分らしさの尊重、自分を大切に、自己主張、このような言葉で個人の尊重が叫ばれ、教えられてきた世代なのだ。家族の間でも、個人の自由が重んじられ、それぞれが自由闊達に生きているようにみえるが、どこか家族の絆が希薄になっているような気がしてならない。愛する家族のために、犠牲になって、その家族が喜ぶ姿に生きがいを見い出すといった献身な人生観はもはやなくなったのかもしれない。それも時代の流れといえば、そうかもしれないが、その分世の中がギスギスして住みにくくなってきていることは確かだ。そういう中に自分も身を置いているという現実を認識し、良いも悪いも、そのような現状を受け入れる覚悟をもたなければいけないことを痛感したしだいだ。
しかし、ワシは叫びたい。これでいいのか日本!
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テーマ : これでいいのか日本 - ジャンル : 政治・経済

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