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行政は「民意」をどこまで汲むべきか

 読売新聞にある時事が載っていた。「給食がまずいので残して腹が減る」という中学生から市長への手紙に、市長がメニューの改善に取り組んだという内容だ。どこか美談にも聞こえる内容だが、もろ手を挙げて賞賛すべきなのかワシはわからない。
 この手の話はよく聞く。市民から、街路樹の落ち葉が迷惑だから木を伐ってくれと要望された市が、街路樹を全部伐った話や、ワシの住む町の話だが、歩道に一定間隔で植えられた桜の木が邪魔で、傘をさした状態で人が離合できないと苦情があり、団地内の大通りの桜が全部伐られた話。ある健康スポーツ行事のポスターの表現が、障がい者を差別しているとしてポスターが回収された話など、忘れたころにニュースになる。これらは市民からの苦情がほとんどで、聞けば苦情を言ってきたのは1件だけだったということもある。
 行政が市民、町民一人一人の意見を聞くといいうことは大事なことで、それが人にやさしい町づくりといえる。しかし、街路樹の落葉が迷惑な人もいれば、それを季節の風物詩と捉える人もいる。雨の時は傘を斜め傾けて人とすれ違わなければならないが、桜の満開を楽しみにしている人もいる。今日の給食はまずいと思う生徒もいれば、そこまでないと思う生徒もいる。このように人も千差万別だ。
 最近の行政の対応を見ていると、市民からの抗議に神経質になり過ぎている。
貴重な意見だとして真摯に対応する場合がほとんどだろうが、誰からの抗議でも即対応しているわけではない。声の大きい人の抗議に萎縮しているのだ。行政に抗議してくるのはだいたい限られた人間で、特定の政治的背景、思想的背景を持つ人間の場合が多い。背後の団体の威を借りて抗議してくる場合もある。このような背景があると思われる抗議に対して対応しないと、後々大変なことになるとわかっているから行政は少数の抗議でも対応してしまうことになる。
 「民意を行政に」という民主主義の思想が過度に解釈され、特定思想の実現のために利用されることを憂える。
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テーマ : 日本を正常な国に戻したい - ジャンル : 政治・経済

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