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「知られていない活断層は数多くある」とのこと。原発反対派の人どうする?

 兵庫県・淡路島で震度6弱を観測した地震について、政府の地震調査委員会は14日、臨時会合を開催。終了後の記者会見で本蔵義守委員長は、未知の断層が動いたことが原因である可能性がある、との見方を示した。その上で「知られていない活断層は数多くある」と指摘し、今回のようなマグニチュード(M)6級の地震はどこでも起こり得ると注意を呼びかけた。
 おいおい、ちょっと待ってくださいよ。マスコミはごく自然体でこの報道をしているが、思い出してもらいたい。関西電力の大飯原発が活断層上にあるとして再稼働どころか廃炉にしろという勢いで反原発運動を煽っていたのはどこのどいつだ。大飯原発では今も活断層調査が行なわれておりまだ結論は出ていない。
 東日本大震災の教訓として「想定外を想定する」という奇妙なフレーズがマスコミを賑わしたが、このおかげで原発も、動く可能性のある地層上には作るべきではない、いつ動くかわからないなら原子炉など人間がコントロールできない施設は作るべきではないといった意見まで出るようになった。しかし、今日の政府の地震調査委員会の発表のように日本にはまだ知られていない活断層がたくさんあるのだ。その上に多くの人が暮らしている。平成7年の阪神大震災でも神戸そしてこの淡路島は壊滅的な被害を受けている。しかし、すぐに復興し、また同じところに何百万という人間が生活している原発はだめでもそれ以外だったら活断層の上でもいいということか。放射能汚染はないが、それでも何十万人という人間が死ぬかもしれないのだ。想定外を想定しろ、政府は想定外を言い訳にするなとマスコミは主張してきた。だったら、神戸市やこの淡路に住む住民にも同じことを言ったらどうか。原発が地震で被災し、放射能汚染で住民が死ぬことには反対だが、それ以外の災害で死ぬのはしかたがないということなのか。平成7年の災害を経験しているにもかかわらず、今回またも同じ被害にあった住民はバカとでもいいたいところだろうよ。
 日本は地震列島なのだ。いたるところに活断層がある。それが近未来に動くのか、何百年、何千年後に動くのかの違いだけだが、今の科学技術ではそれが予測できない。だからといって、危険な施設をつくらないというなら、日本全国何もできない。
 自然との闘いのなかで科学技術を進歩させてきたのも人間だ。もっと人間の叡知を信じたらどうよ。
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原発と活断層

福井県の関西電力大飯原発につづき、青森県の東北電力東通原発の直下にも活断層が走っていることが原子力規制委員会の調査で明らかになった。東通原発の再稼動も不透明になり、それどころか廃炉の可能性すら現実味を帯びてきた。
大飯にしろ東通にしろ電力会社側は活断層ではないと反論しているが、福島原発事故を受け、脱原発を表明した民主党政府が、原発再稼動を容認する学者を原子力規制委員会メンバーに任命するはずもなく、活断層の有無は地質調査の結果を待つまでもなく結論は見えていたのだ。またマスコミは、活断層の可能性を散々喧伝して、活断層ではないという結論を出しずらくするような社会空気を作り出した。
学術調査がポピュリズムに迎合する世の中がまともな社会といえるはずもない。世界で唯一の被爆国として日本人に放射能アレルギーがあるのは至極当然といえる。しかし一方、その原子力という文明の力で社会が発展し、人間の生活が向上してきたことも事実だ。感情論が先行して、冷静な議論は阻まれることは避けるべきだ。活断層調査はあくまでも学術調査であり、世論や政治に左右されることなく、純学問的に探求されるべきだ。そして、その最終評価は、その活断層が近い将来に活動する可能性があるかどうかである。しかし、これには学者の見解もばらばらで、要は今の科学では活断層が何時動くかという予測はできないのだ。原発反対派は、今の科学では予測ができないからこそ、活断層があるということだけで原発を廃炉にせよという。日本全国いたるところに活断層がある。神戸はいうに及ばず、大阪市中心部にも活断層が走っている可能性も報道された。福岡市には都心のど真ん中に活断層が走っている。だったら大阪市、福岡市は都市ごと、市民全員どこかへ移転しますか。
科学技術は日進月歩で進歩している。活断層の活動時期を予測することもできるようになるかもしれない。耐震、免震技術により地震の被害を小さくすることも実用化されてきている。原子炉の耐震構造、免震構造により震度15に耐えることも可能になるかもしれない。人間は自然との闘いのなかで科学技術を発展させてきた。原子炉という魔物の恐怖に怯えて思考停止になり、原子力という科学技術の発展を自ら閉ざすことをしてはならないと思う。
  政治家は国家百年の大計を考えて冷静に判断してもらいたい。理屈の通った説明をすれば国民は理解する。決してポピュリズムに走ってほしくない。日本国民は冷静に判断する能力をもっているのだ。それが日本人の美徳であり、国家の力だ。政治家はこの国民の力を信じてもいいのではなか。

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反原発デモの一面

 大飯原発3号機が1日夜、運転再開するのを前に地元・福井県おおい町では、再稼働に反対する市民グループが抗議活動を行っている。彼らは本気で原発再開を阻止できるとは思っていない。原発反対のパフォーマンスのために、わざわざ雨の降るなか、動員されて集団行動をしている。警備の機動隊と対峙している第一線に革マル系プロ市民がいる。やつらは普通の市民ではなく、普通のサラリーマンでもなく、普通の主婦でも、普通のお母さんでもない。資本主義国家そのものに反対する職業運動家なのだ。反原発というのは運動の錦の御旗ではあるが、資本主義国家に反対をするための大義名分なのだ。要は資本主義国家に反対のためなら何でもいい。
 やつらの活動資金がどこから出ているのか、だれがカンパしているのか、どこで稼いでいるのか、これを追求することが一連の反対運動の本質に迫ることになる。だいたい予想はつくが。間接的に外国勢力の資金が投入されていることは公然の秘密だ。必ずしも社会主義、共産主義陣営だけとも限らない。アメリカだってこういう工作を良くすることは知られている。アメリカは陰謀大国だから。日米同盟、日米基軸といって、日本はアメリカを疑うこともなく追従するが、アメリカは結構したたかであることを肝に銘じておく必要がある。反原発運動を煽り、日本の原子力技術を衰退させ、来るべき原子力利用の機運が盛り上がれば、原子力発電所の建設をアメリカに頼らざるを得なくなるように布石を着々と打ち、日本のエネルギーの首根っこを抑えようと考えていると見ていい。こうなれば日本国家は完全にアメリカのコントロール下に入ることになる。軍隊の駐留なき占領だ。反原発運動にはこういう一面もあることを知らなければならない。
 いずれにせよ、反原発運動は、表面は純粋な反核運動でありながら、実質はイデオロギー闘争であり、経済戦争であり、新しい形の帝国主義なのだ。
 まっ、しかし、雨の中、わざわざ大飯原発まで出向き、カッパまで着て、よくデモなんぞするね。あすは月曜日で仕事なのに。あっそうか、公務員は確実に年次有給休暇を取れるから、あすは仕事休むんだね。いいなー。
 彼らはそこまで原発反対するんだったら、家では、原発の電気は使いませんと宣言して、ロウソクで生活してもらいたいね。








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たかりの構造、停止原発に課税

 停止原発に課税する動きが出てきている。すでに、青森、福井県は条例の改正を終えており、佐賀、石川県は前向きに検討を始めている。もともと原発立地県は原子炉に装填した核燃料の価格や重量に応じて、電気事業者に核燃料税を課している。しかし、原発が再稼働できないことで、税金が徴収できず自治体の財政が悪化している。このために停止している原発からも核燃料税を取れるようにしようとするのがこの動きである。行政にもここまで「たかり」の構造が浸透しているとは驚きだ。公共事業に反対してゴネ得しようとする反対のための反対派住民と同じではないか。
 原発の立地県には電源三法による交付金が配分され、地方自治体の財政に大きく寄与している。いわゆる原発協力金だ。これは国のエネルギー政策に協力している県にたいして当然の措置だ。われわれ電気を消費する一般国民にとっても、原発立地県、立地地元自治体の住民に感謝の気持ちを忘れてはならない。しかし、停止原発からも税金を取ろうというのはちょっとスジが違うというか、言いがかりのような気がする。電気事業者は定期点検を終えた原発を再稼働したいのだ。福島の事故がなければ何の問題もなく再稼働ができている。しかしながら、福島の原発事故の影響ですべての原発の安全性が信頼を失ってしまったことで再稼働ができないでいる。これは再稼働反対という世論に押された国民の声だ。立地県の知事も反対している。であるならば、それによる自治体の税収減は我慢しろと県民に言うのが知事の役目であり、国民世論がそれを許さないのなら政府、ひいては国民に請求するのがスジではないか。
 脱原発、反原発を支持する首長、国民も多い。原発が再稼働できないのは彼らには喜ばしい事態にちがいない。だったらそのそれによるコスト負担や節電要請は喜んで受け入れられるはずだ。停止原発にも課税しようとしている県の知事は、国に税収減の損失補填を求めたらどうか。反対を言わない、言えない電気事業者にそれを求めるやり方は余りにも安易であり、卑怯なやり方だ。そしてわがままな国民を一層甘やかすことになる。親が子供を甘やかして、日本全国クソガキがいたるところに出現しているが、これからは国が国民を甘やかして、クソ日本国民が世界中いたるところに出現する。
 礼儀正しく、分別あると国民として世界の尊敬を集めいていた日本国民はどこにいったのか。

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