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がれき受け入れを反対する人間の、家庭ゴミは収集するな!

 報道によると、宮城県石巻市のがれき搬入を北九州市の反対派市民らが一時阻止した問題で、宮城県に22日、「汚染がれきの拡散には反対」などの抗議の電話が殺到、50件を超えたという。
 原発反対派発の左翼市民グループが組織的に宮城県に抗議の電話を入れたのだろう。宮城県はこのことを大々的に県民に知らせ、またマスコミを通して全国に発信するべきだ。「北九州市の市民から、汚染がれきの受入反対、被災者の雇用につながるので宮城でがれきを処理すべきという意見がきております。県民のみなさん、そういうことですので北九州市に被災地の復興支援は頼めません。県民のみなさんには不自由をおかけしますが、ご理解賜りたい。」と宣言したらどうだ。北九州市は新日鉄八幡製鉄所があり、新日鉄城下町だ。市民の多くが何らかの形で新日鉄に関っている。また隣の岩手県釜石市も今回の津波で大きな被害が出ているところだが、ここにも新日鉄釜石製鉄所がある。こちら新日鉄城下町だ。宮城県知事は、岩手県民、釜石市民に特に強く、北九州市民ががれき受入を反対していることを訴えることだ。釜石市民の声をテレビの全国ネットで放映するといい。北九州市民の反応はいかに。新日鉄社長の見解はいかに。見ものだな。
 宮城県に抗議の電話があったのは50件超で、これが北九州市民の声を代表しているとは思わないが、こういうニュースがでると反対派が俄然勢いづく。結果的にがき受け入れ反対派の示威行動を全国にアピールできるわけだ。ここは、北九州市長の出番だ。石原都知事のように、「黙れ」と一喝してもらいたい。北九州市議会は九州ではいち早くがれきの受入決議をしたところだ。公害を克服した環境都市として、世界に情報を発信している。その北九州市ががれき処理を受け入れることになれば、環境都市としての責任を全うし、名実ともに「環境都市北九州市」をアピールできる。口先だけの「絆」ではなく、自らも、被災者の立場で考え、ともに汗を流す。北九州市長の決断が注目される。そして北九州市民の民度が試されている。
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テーマ : これでいいのか日本 - ジャンル : 政治・経済

東日本大震災が呼び起こしてくれたもの

 東日本大震災が起きて今日11日でまる1年が経った。各テレビ局はどこも特集番組を組んでいる。朝の報道2001でも平野復興相、細野原子力担当相と識者が出演していて、政府の災害初動体制や復興対応の遅れが検証されていた。そのなかで福島原発事故に対する政府の対応の遅れが指摘されていた。細野は反省すべき点もあると率直に認めていたがその中で、原発のメルトダウンに関する危機管理マニュアルがなかったことが問題だと言っていた。メルトダウンは想定外だったから危機管理の対象にしていなかったということだ。これは今回の原発事故だけに言えることではない。日本人の思考そのものが、想定外を想定したくないために、その対策も考えたくない、考えないというようになってしまっている。その最たるものが防衛である。日本人は平和を希求している。戦争なんかに巻き込まれたくない。日本には平和憲法があるから北朝鮮や中国、ロシアが攻めて来るなんて考えられない。だから戦車や戦闘機、ましてや自衛隊なんかいらないというものだ。このように考える人間が、マスメディアも含めて少なからず社会に存在している。彼らがそういう世論を作ってきたのだ。メルトダウンに関する危機管理マニュアルがなかったことを一体誰が批判できるというのか。
 この思考は、戦後65年経った今でも行政に根強く残っている。地方自治体がある防災施設を計画したとする。そのために必要な事業費を算出し、国に補助金の申請をする。施設には住家が近接していて、万が一のことを考え、住家を施設より遠ざけようと家曳きの予算を盛り込む。すると国の査定官曰く。
    「この家曳きの金は何ですか。」
    「万が一施設が損傷した場合に住家を守るために、家を後方に曳く予算です。」
    「えっ。この防災施設は安全だから作るんでしょ。」
    「そうですが。」
    「だったら家を後ろに曳く必要はないじゃありませんか。」
    「それはそうですが万が一・・・」
    「国は壊れることを前提にした施設には補助金は出せません。お宅がそうしたいのなら、それはお宅の予 算でやって下さい。」

 一事が万事こうである。何から何まで国が面倒をみるのではなく、自分たちも必要なものには身を削ってもやるという自助努力ししなさいということだろう。国は全国を相手にしなければならないから国の言うこともわからんでもない。しかし、安全が前提だから、それが危険になることを想定しないという思考を地方行政に浸透させた罪は大きい。
 東日本大震災、今日でまる1年。多くの犠牲を払ったこの災害が、日本人に「危機に備える心構え」を呼び起こしてくれるなら、そこに亡くなった方の遺言を聞く思いだ

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「絆」はどこに行った?

 東日本大震災の瓦礫受け入れで日本が揺れている。発災直後は国民みんなが、純粋な気持ちで支援したり、ボランティアしたりして、日本国民の「絆」の強さを見せた。世界もこれを賞賛した。
 戦後、公よりも個を重視する教育のせいで、個人主義という利己主義が蔓延し、自分の命が一番大事と教えられてきた現代日本人。しかし、未曾有の大災害に際し公のために尽くしている姿を見て、日本人も捨てたものではないと見直し、勇気づけられた。
 この大災害も1年が経つが、遅々として進まない復興の最大の原因が瓦礫の処理である。推定で2000万トンを超えるといわれる瓦礫。当然被災3県で処理することは不可能である。全国で分担して一刻も早く瓦礫を処理することが、復興を早めることになるが、放射能汚染を心配する住民の反対で瓦礫の受け入れができないでいる。汚染レベルは問題のない範囲にもかかわらずだ。
 ついこの前まで、頭に血が上ったように「絆」といって国民が、パタっと静かになった。と同時にこの「絆」という字が安っぽく見えてきた。冷静になって考えるとこれが日本人の普通の姿なのだ。日本人は、何か大きな社会不幸があればのぼせ上がりボランティアシンドロームに患る。このことは大変いい事ではあるけれども、どこか対岸の火事を見ているようで、ワシはこういう空気には同調しない。そしてこういう傍観者的立場の人間が「愛」だとか「平和」だとか「絆」などという綺麗事を作る。 
 瓦礫の受け入れが自分たちの問題としてのしかかってきたら沈黙する。沈黙だけしていればいいが、逆に声を上げて反対する。こういう姿を見ると、当初の支援活動の感動が大きかっただけに落胆も大きい。だからといって瓦礫処理を現行のままにしていていいはずもない。ここに首長の決断と、指導力が求められるが、そういう意味では石原都知事は傑出している。全く問題のない放射性レベルの瓦礫だから安全だと、受け入れを反対する人間に「黙れ!」と一喝した。これが今の首長にはできないのだ。国民もこの「黙れ!」が聞きたいのだ。それが民心を安定させる。
 マスコミもあれほど「絆」を煽っておいて、この問題に沈黙しているのはどういうつもりだ。石原みたいに堂々と瓦礫受け入れの論を張れ! それがマスコミの責任だ。

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被災者を元気づけたい、だとよ

先日テレビを見ていたら、学生が主催するよさこい祭りを、東日本大震災の被災者を慮って中止すべきかどうか議論を重ねた上、実行することになって過日、それが無事終了したというドキュメンタリをやっていた。実行を決断するまでに喧々諤々の議論をし、実行委員会事務局を離れた学生も何人かいたという。被災者の気持ちを考え自粛するべきという意見と、いや逆に、することによって被災者を元気づけようという意見の対立で、後者の意見が通ったということだ。
 今回の大震災では、よくこの手の話がでる。「被災者を元気づける」ために現地で合唱をする、みんなで踊りを見せるという話だ。こういう事態のときに合唱や踊りが見たいのかねとワシは思うし、そういうものを見る気にもならんというのがワシの考えだ。折角の好意に水を差すようだけれど、結局のところ自分たちが歌いたい、踊りたいから見せたいのだろう。被災者を元気づけるというのは歌うため、踊るための口実にすぎない。今回の地震や津波で家族、大事な人を失って悲しみに暮れ、仕事までもなくなって途方に暮れている人々には、歌や踊りを見せるのではなく、彼らが不自由のないよう、そっと見守りながら生活支援をすることが大事ではなかろうか。そして、仮設住宅に入居し、職に就いて生活を再建し出してから、彼らが心に余裕が出来、ふとありし日を振り返って気が滅入りそうになった時に、合唱を聞いたり、踊りを見たりして元気を取り戻すことはあるだろう。そういう時にこそ、存分に歌い、踊って被災者を元気づけてもらいたい。
 「被災者を元気づける」という非被災者の言葉は、どこか思いあがった感じがあり、対岸の火事を見ているようで軽薄だ。
上辺だけの言葉より、自らも痛みを伴う義援金や、現地でのボランティア活動のほうが百倍、千倍、現地の人を元気づける。
 日本人の特徴として「控えめ」という意識があった。これは美徳と評価されることもあり、消極的だという評価にもなるが、最近は目立つことに喜びを覚える、目立ちがり屋が多すぎる。それも、場所や時もわきまえず、みんなの前で自分をアピールする。そうすることが自己主張のできる人という評価になると思っているようだ。これも戦後教育の影響なのかと思ったりする。
 「被災者を元気づける」も一種の目立ちだ。それよりもあんたたちが、元気に働いて、社会を元気にしてもらいたいよ。
 わかったかね、目立ちがり屋さんよ。

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外国救援隊の活動を放映せよ

11日に発生した東北関東大震災の災害復旧が活発になってきたが、いまだ道路が閉塞し孤立している地区で、水や食料が供給されてない避難場所も多くある。一刻も早く供給物資が届けられることを祈っている。こういう中、世界各国から救援隊が来日し、献身的な活動が日々行われている。しかし、日本のテレビではどの局も、こういう外国の救援隊の活躍を報道していない。報道しているのは瓦礫と化した街の状況、避難場所の状況、原発事故の記者会見などである。確かにこれらの情報も重要であるし、国民に知らせてほしい情報だ。しかし、好意で外国から来てくれた救援隊の活躍も報道してもらいたい。政治体制の違い、国交の濃淡を通り越して、日本の復旧のために身を粉にして働いてくれている人々だ。日本人として感謝に堪えない。こういう関係が国と国の良好な関係に発展してくれればいいと思う。だからマスコミも彼らの活躍ぶりをもっと日本国民し知らせてほしい。そして、日本でのこの報道が派遣国でも報道されることで、その国の国民は救援隊を誇らしく思うだろうし、両国の国民の間にも友好関係が芽生えるかもしれない。イデオロギーを排した、人間対人間の付き合いである。これが本当の外交と言えよう。だから、未曽有の事態ではあるが、これを国と国とのいい関係を構築する端緒として取り組んでほしいと思う。そして、今回の災害を教訓にして、災害に強い街づくりや、民間協力体制の在り方などハード、ソフトのノウハウを全世界に発信することが、救援を受けた世界への恩返しだ。そのためにも、外国からの救援隊の活躍を是非とも報道してもらいたいと願っている。
ありがとう、世界の国々。
がんばろう、日本!

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