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ほのぼのとした話

 このブログでは、政治について、頭にきたことや、それはないだろうと叫びたくなる問題に対して鬱憤を晴らしているが、今日はそんなお堅い話題から逸れて、ほのぼのとした話を書く。
 今日は、コロナが収束に向かっていくなかで、県境を跨ぐ移動が緩和されたことを受けて、久しぶりの県外出張をした。5か月振りの県外出張だ。JRで移動するため駅に早くついて、構内のコーヒーショップでモーニングを食った。6人掛けのテーブル1卓、対面2人掛けテーブル13卓の店だ。入口を入って、すぐカンターがあり、そこで注文して、品を受け取ってテーブルにつく。
 ワシは入り口から一番奥の2人掛けテーブルでモーニングを食っていた。そこに老婆が乗った車いすを押して中年女性が入ってきた。母娘と思った。娘の方はカウンターの男性定員に何か言った。店員は奥の方の、ワシの反対側の窓側に行き、2人掛けテーブル2卓をくっつけて、椅子は荷物置きとして車いすの邪魔にならないようテーブルの横に並べた。ほどなく別の店員がメニューをもってくる。テーブルで注文を聞いてカウンターに戻る。
 その場所が丁度、天井に付けられた冷房のすぐ下だったから、車いすの老婆は少し寒そうだった。実はワシも少し寒かった。そしたら、今度はその様子を見た女性定員が大きなマフラーのような肩掛けをもってきて、「これ使ってください」という。おそらく、その定員の私物と思った。母娘はありがとうといってうれしそうだった。
 この一連の行動を見ていたワシは、どこか心が温まる思いだった。こういう親切な店は多い。決して珍しい光景ではない。しかし、定員たちが、誰に言われるでもなく、極自然体で客にサービスを提供する姿勢をみて、社員教育が出来ているなと思ったが、いや、これは社員教育以前の、定員たち日常の行動そのものだと思い直した。そう思ったら、この店がますます好きになった。
 コロナによるブランクにも拘わらず、5か月も駅構内で店を閉めずやっているのは、店および店員の姿勢によるところが大きいのかもしれない。
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テーマ : COVID-19 - ジャンル : 政治・経済

中国人女性と台湾人女性の見分け方

 武漢ウイルス感染が沈静化してきたとはいえ、ワシが住む都市には大型クルーズ船は来ず、空港にも外国からの入国者は少ない。こちらに来日する外国人と言っても東南アジア系がほとんどで、その大部分が中国人だった。今日、繁華街を歩いていたら東アジア系の女子4人組がいた。話し言葉から中国人または台湾人だろうと思った。そこで思い出したことがあった。
 武漢ウイルス感染が起こる前のこと。街に中国人、韓国人が溢れているときのころだ。退社後、同僚と一杯飲み屋に行ったときの話だ。中国人女性と台湾人女性の区別がつくかという話題になり盛り上がった。みんな中国語、台湾語はわからない。韓国語も分からないが、中国語や台湾語と少し違うので韓国人という見当はつくという程度だ。それぞれから出てきた意見はファッション、化粧、しゃべり方が違うというものだった。それは個々の定性的な感覚だった。
 台湾人と日本人は、ファッションも化粧ほとんど同じで、しゃべらなければ日本人と区別がつかないというが、中国人のファッションと化粧は、日本人のそれと少し違う。だから中国人と日本人の区別はある態度できるという。だったら中国人と台湾人のちがいもファッションや化粧をみればわかるだろうといったら、どうもそうでもないらしい。
 中国人2人、台湾人2人が一緒になってこちらをみたら混じり合って分からないという。そのときにワシより5歳上の再雇用の先輩が言った。この先輩は中国、台湾をはじめアジアに何回も旅行している旅行趣味の人間だ。彼が言ったのは、中国人や台湾人の女性の普段の顔、笑っていないときの顔を比べたら分かると言う。台湾人女性の顔はどこかおおらか、やさしい。日本人女性と変わらないが、中国人女性の顔はどこかきびしい、きついと言っていた。だから複数でおしゃべりしながら歩いている女性ではなく、一人で歩いている女性をみれば、中国人と台湾人の区別はある程度つくといっていた。そうかもしれないと思った。
 ワシの感覚から言っても、中国人女性は気が強く、男に対しても、堂々と文句も言うし、平気で喧嘩を売る。街中で大声で男を罵倒している光景をテレビで見たりする。先輩の意見に納得したものだ。逆に言えば、中国人女性はそれだけ自立心が強く、生活力があるということの一面ともいえる。それは中国の歴史・文化が醸成してきた人間の気質なのかもしれない。
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 政治・経済

これからは「タダのヒト石井」、「ラサールほんこん」だ。

 ラサール石井が、ツイッターでタレントのほんこんに皮肉のツイートした。
 「ほんこんさんいいなあ。政治的発言しても、褒められるだけで叩かれなくて。コツを教えて欲しい。」
 それは、ほんこんが石井みたいに、叩かれることを発言していないからだ。それだけのことよ。ほんこんはいたってまともだ。多くの国民の声を代表している。石井みたいに、自虐史観、韓国史観、中国史観で日本の歴史を見ていないからね。要は、石井みたいに頭が赤く染まっていないってことよ。
 石井は「ラサール」という冠を外して、ほんこんに譲れ。「タダのヒト石井」、「ラサールほんこん」
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テーマ : バカ芸人 - ジャンル : 政治・経済

学生服が安くならないのはおかしいんじゃないの。

 新学期が始まったが、武漢ウイルス感染に伴う小中高の休校措置により、ピカピカの新入生を見ることはない。本来ならば、真新しい学生服を着た中高生を見て、我が子と重ね合わせ当時を懐かしむ時期だ。そこで思い出したのが、ほぼ10年前に書いた以下のブログだ。現在も変わっていないようだから再掲する。

 2010年3月20日 「学生服、運動靴が安くならないのはおかしい。高校入学で。」

 息子が高校に入学する。今日は学校で教材や学生服の販売があった。必要経費と割り切っているが、改めて高いなーと思った。学生服一式、教材一式含めると10万円を優に超す。今の世情でこの金は家計にきつい。子供の教育のためと、必死の思いでこの金を工面した親も多かろうと思う。悲しいかな高校も金次第だなという印象が強い。
 ワシは息子と同伴で教材と学生服を購入したが、教科書などの書籍が定価販売しているのはしかたないと思うが、学生服、体操服、シューズなどが定価で販売しているはおかしいと思った。
 学生服、体操服、シューズはそれぞれ特定の1社が販売している。この学校は700人程入学してくる。であれば1~3割引きで販売してもいいではないかと思うが、そう思うのはワシだけじゃろか。マーケットの原理でいえば、数が見込めるなら、単価は下がるはずである。ところが中学、高校の用品についてはこの原理がまったく働いていない。
 紳士服でも2着買えば、2着目は1000円とはいかないまでも、単価は下がる。3着買えば単価はもっと下がる。何でもそうである。ところが、息子の学生服の価格はワシが普段着ている吊るしの背広よりも高いのである。なんとも複雑な気持ちだが、700着の学生服の注文をうけて1円もまけないとはどういう神経だろうか。体操服しかり、通学シューズしかり。
 息子が中学に入学するときも同じことを思った。公立の学校でこういうことが許されるのか。とくに中学は義務教育である。学生服を着ることを義務化しているなら、その学生服が1円でも安く生徒、親に提供されるよう、納入単価を競争入札にかけるなどの手続きをしているのか。学校がそういうことをしているという話は聞いたことがない。そして納入業者こそ違え、各中学校の学生服の値段はほぼ一緒である。学生服メーカーまたは販売業者がカルテルを組んでいるのか、教育委員会、学校、日教組、特定の教師らと販売業者が癒着しているとしか考えられない。
 公立高校でも各学校独自の学生服ではあるが、それでも400名以上が入学してくる。1着3万円としても、4000円や5000円は値引きできるはずである。競争入札にもかけず、業者の言い値で学生に買わせるなんぞ、教育者としてあるまじき態度である。こちらも業者と癒着しているとしか思えない。入学後ひと段落したら、業者もちで温泉に接待旅行ですか。
 学校というところは、「教育」という城塞に守られた無法地帯みたいなものだ。日教組を見てもわかるだろう。法律無視、命令無視、情実人事、管理されない社会。一般社会の常識が通じない世界で、教師といえども非常識人の集まりである。だから市場原理が働かない。
 このことについて、生徒の保護者は泣き寝入りせずに、声を出して訴えるべきだ。もっと騒ぐべきだ。教育の名の下、甘い汁を吸っているやつがいる。そいつらを、学校から叩き出せ!
 わかったか、教育労働者、教育搾取者!
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テーマ : 私の見解 - ジャンル : 政治・経済

新型コロナウイルス感染。「街の空気」が変わってきた。

 テレビをつければ朝から晩まで、新型コロナウイルスの感染のニュースばかりだ。どこどこで感染者が出た。どこどこで感染者が死亡した。全国で感染者数がこれだけになったと、日々、時間単位で感染が拡大しているという印象を持つ。ヨーロッパでの感染拡大のニュースと一緒に報道されるから、日本もヨーロッパと同じ状況ではないかと一層危機感が増す。
 ワシは感染者がそれほど多く出ていない都市に居るが、どこに行ってもマスクを付けた人ばかりとはいえ、街ゆく人にそこまでの緊迫感は感じない。マスクが手に入らない状況はここも一緒だが、かといってマスクの争奪戦のために、ドラックストアに開店前から並んでいる人もそこまで殺気だっていない。
 今日は日中の最高気温が23度で、汗ばむくらいの陽気だ。桜はまだ早いが、花見のシーズン到来を実感する。新型ウイルスの感染の心配はあるが、人々の顔は穏やかだ。こういう光景を観察していると直感的に、「コロナウイルスは収まってきているんじゃないかな」と感じた。
 ヨーロッパでの騒ぎをテレビで見ていると、日本人の行動は落ち着いているなと思う。冷静に見える。少なくともワシが住む都市ではそうだ。この落ち着きが「コロナウイルスは収まってきているんじゃないかな」と思わせているのかもしれない。
 全国の状況はどうだろうか。「街の空気」はどう感じられているだろうか。
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テーマ : 報道・マスコミ - ジャンル : 政治・経済