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情緒って大事だね。

ワシは最近、藤原正彦にはまっている。ベストセラー「国家の品格」を読んで感動して、この著者の存在を知ったが、この10月に「大いなる暗愚」を読みまたまた感動した。それ以降彼の著作を手当たり次第読んでいる状態だ。藤原正彦は数学者であるが、両親の血をひき(父:新田次郎 母:藤原てい)、「若き数学者のアメリカ」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞している。数学者でありながら国語教育の重要性を説く学者なのだ。数学という学問は論理的思考を追及するが、それには美意識が重要と説く。美的センスといってもいい。不要なものを極限まではぎ取って求められた定理およびその証明は、簡略化されるほど美しいという。そしてこういう感覚というのは、情緒から生まれると言う。その情緒というのは、自分の生い立ちや経験から涵養された、思いやる心、感動する心から生まれるという。しかし、昨今の教育改革では経済至上主義で小学生に株取引を教えたり、国際化の大合唱のもと、小学校で英語を教えたりと、国語の時間は割かれるばかりだ。読み書きソロバンの基本を教えないで何が経済だ、国際化だと手厳しい。小学生にいくら英語を教えても、語彙力が備わっていない子供にどれだけの表現ができるのか。英語が喋れれば国際人になれるのか。断然ノーである。外国人に尊敬もされない。日本は四季に恵まれ、日本人はそれぞれの季節を感じる感受性を磨かれてきた。そこに、もののあはれを感じたりもした。それはおおくの古典文学にも表れている。こういう日本人の特徴といえる情緒がどんどん失われて、アメリカ式合理主義が執って替わろうとしていることに警鐘を鳴らしている。この情緒こそが、世界に発する日本の存在価値であり、それを世界に説明できる人間が国際人なのである。ワシもまったく同感である。もう8年前になるが長男が中学校を卒業し不要になった書籍を処分していた。その時に音楽の教科書があったので、ワシは興味があり、どんな曲や歌を習っているのだろうと本をめくってみた。驚いた。ワシが習った曲は一つもなかった。ワシらのころは、「椰子の実」、「浜辺の歌」、「ほととぎす」、「春」、「故郷の廃家」など、歌詞の美しさには今思い出しても胸がキューっとなるほどだ。美しい日本語、美しい詩になっていた。歌いながらその情景が目に浮かぶのである。なぜこのような曲を教えないのだろうか。教科書にのっている曲はややフォーク調のもの、歌詞には平和だの愛だのとあるが、まったく感動しない。詩になっていないのだ。いまの子供たちは、曲で感動するのだから、歌詞にはそれほどの意味がないといった意見を聞いたことがある。なんと悲しいことか。これも、日教組が日本人特有の情緒、感覚、思考を根絶させるためにしている、日本的思考破壊工作なのではないかと疑ったりしている。こういう形で日本人の情緒が亡くなっていくのは悲しくもあり、憂慮すべき事態と思う。
 明日はノーベル賞の受賞式だ。化学賞を日本人2人が受賞した。2008年は4人がノーベル賞を受賞した。これらの学者をみると、やはり昔の日本人を彷彿とさせる。年齢的なものもあるかもしれないが、どこか温厚で、控えめだ。欧米の理系の学者のギスギスしたところが感じられない。これも彼らがもっている情緒かもしれない。日本の高い学術の裏には、藤原がいう情緒があるのかもしれない。
やっぱり国語教育が大事だね。
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テーマ : 子供の教育 - ジャンル : 学校・教育