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籠池泰典は第二の吉田清治か?

  今日23日、学校法人「森友学園」(大阪市)の籠池泰典氏に対する衆院予算委員会の証人喚問が行われ、改めて安倍晋三首相夫人の昭恵氏から100万円の寄付を受け取ったと強弁した。いずれ真実は明らかになるだろうが、ワシには、籠池が、「どうせ地獄に落ちるなら、誰かを巻き添えにしてやる!」と自暴自棄になっているように見える。本人の証言する顔には一点の曇りもなかった。完全に開き直った態度だった。言うた者勝ち、俺を陥れるならやってみろと脅しをかけているようにも見えてた。
  よーく考えると、こういう態度の人間がいたよなー。誰だったけなー。そうだ、思い出した。従軍慰安婦問題をねつ造した世紀の噓つきマン、あの吉田清治だ。籠池もここまで嘘をねつ造できれば、吉田清治に匹敵する。そういう目でみれば、籠池の顔を吉田の顔に似ているよなー。
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テーマ : 報道・マスコミ - ジャンル : 政治・経済

市長が賭けマージャン。市民、「1円たりとも賭けることは違法です」とさ。

  福岡県の飯塚市長が、勤務時間中に副市長らとかけマージャンをやっていたとして糾弾されている。記者会見した市長は、悪びれる様子もなく、賭けのルールやレートを説明し、逆に記者らに向かって、「マージャンやって、何も賭けていない人がいれば教えてほしい」と嘯いた。これに対して、市民から市役所に苦情が400件殺到。「1円たりとも賭けることは違法です」という。
  まっ、ワシは市長を擁護する気はさらさらないけど、「1円たりとも賭けることは違法です」と苦情を言ってきた市民なるものに、ゲロが出るほど偽善を感じる。パチンコの玉がお金に換金できることを知らない人はおそらくいないだろう。換金できるのなら、まさにギャンブルだよね。雀荘だってどこにもある。そこで何が行われているんだろうねー。苦情を言ってきた人はパチンコをしたことがない人、パチンコの実態を知らない人なんだろうね。第一、この問題を報じたマスコミでも、記者の連中でマージャンで1円も賭けたことがない人っているのかな。ワシは寡聞にして知らないが。
  市民というのは、自分のことは棚に上げて、いつでも正義面をする。穢れを知らない天使みたいにね。市民の声は天の声だから、これには政治家もマスコミも反論できない。しかし市民の声にも変な声があり、政治を変な方向に動かすこともある。だが、今度は変な方向に対して、また市民がそれを批判する。市民という妖怪はいつでも、言いたい方第、やりたい方第で、責任をとったことがない。こんな市民の声などまともに受ける必要はないと思うのだが、しかしその変な声の中にも、たまにははっとするような意見が混じっているんだよね。そこが衆愚政治の難しいとこだよねー。
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テーマ : 今日のつぶやき。 - ジャンル : 日記

ノロウィルスが流行っているんだって.

  いま、ノロウィルスによる食中毒が流行っているらしい。だから厚生省は全国にノロウィルスの予防対策に万全を期すよう通達を出した。これを受けて県は、とくに小学校や幼稚園、保育園での手洗いの徹底、素手で食材を触らないなどといった予防策を徹底するよう関係機関を指導している。
ワシの嫁さんの友人が保育園の保育士をしているが、さる23日の祝日に園で餅つき大会を実施して、園児たちに餅を丸めさせたということだ。ただ、例年であれば、この丸めた餅をきな粉餅にして園児に食べさせていたが、今年はノロウィルスの影響で、園児が丸めた餅は全部廃棄処分にしたと言っていた。さすがに、園児には捨てたとは言えないので、いったん回収して、職員がビニール手袋をはめて丸めた餅を園児に配って、きな粉餅にして食べさせたということらしい。
ワシは思うに、そこまでして園児の為に餅つき大会をする必要があるのかといいたい。子供には食べ物を粗末にしない、食のありがたみを感じてもらうような食育を実施すべきと思うのだが、逆に、大人が率先して食材を粗末にしている。昔流にいえば「罰当たり」を平気でして、何で子供に「食べものに感謝しましょう」なんて言えるのか。一方では、世界には水が飲めなくて、食べ物がなくて、毎日多くの人は餓死している状況がある。いくら食中毒を予防するといっても、いまの日本のやり方は過剰反応すぎると思っている。
食中毒の予防を啓発するなら、食べれるものをわざわざ廃棄させるようなやり方をせずとも、もっと別な形で啓発の仕方はあるだろうと思う。焼いたり、煮たり、揚げたりして食中毒を予防できることを教えるのも一案ではないか。食べられるものを粗末にしないというのが基本姿勢だ。これを教えるのが教育であり、食育だと思う。
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1億総活躍社会どころか、1億総子供化社会になっているぞ。

  今日は軽い話をする。
  ワシは毎日バス通勤する。朝は早く、自宅近くのバス停から6時半のバスに乗る。ここから乗るのは、わしと高校生の男子だ。この高校生は進学クラスなのか、朝の補習、つまり0時限目の授業に出ているのだろう。バス停からこの高校生の家まで、200mくらいだが、いつも母親に車で送ってもらっている。そしてバスが来るまで車の中で待っている。待っているといっても1~2分程度だ。それでも冬の朝は寒いから、暖房でぬくぬくの車内から出たくないのだろう。母親も毎日ご苦労なことですなといつも冷ややかに見ている。寒いからとわずか200mも歩かない。雨のときは、傘を差しながら歩くのがイヤと車で送ってもらい、やはりバスが来るまで車の中だ。高校生にもなって、未だにガキから成長できない子供、そして子離れできない親、日本の世の中、総子供化社会、総未熟人間社会になっているように感じる。親にすれば、勉強だけしっかりやってくれればいい、いい大学に入れば一流企業に就職できるから、そうなれば人生安泰だと思っている節がある。確かに、世の中には勉強して頭のいいやつ、いい大学を出ている人間がごまんといる。ワシの会社にもこの手の人間が入社してくる。パソコンも自在に繰るし、いい資料もつくる。しかし、そいつらが長く続かない。「思っていた会社とは違うので辞めます」、「もっとアカデミックな仕事がしたい」、「自分はデザインや、プランニングをしたいとこの会社に入ったが、こんなに現場が多いとは思はなかった」、だいたいこういうのが辞める理由だ。彼らにすれば、パソコンに向かって、自分の感覚でオフィスワークしているのが理想なのかもしれない。どこか学生気分、アルバイト感覚が拭えない。
  これまで、敷かれたレールの上を言われるままに走ってきて、しかも走る環境、服装までも作ってもらって、ただ前だけを見て走ってきた。直線ではスピードを上げるが、分岐に来るとどっちに行くか分からなくなる。カーブに差し掛かると、どれだけ減速すればいいのかわからない。そうして脱線すると、進路の矢印がない、カーブが急すぎると文句をいう。しまいには、この職業は自分には向いていないと結論する。なんでも受身だ。
  しかし、これは日本社会の特徴でもある。協調性が大事にされ、出る釘は打たれる先駆者として評価するよりも、そんなことをするから失敗すると叱責される。だから、今時の若者は、日本社会の構造が作り出した現象とも言える。そう考えると、「親も親なら、子も子」などと嘆くよりも、そういう社会を作り出した教育こそ嘆かなければならないのかもしれない。
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テーマ : 伝えたい事 - ジャンル : ブログ

役所から六曜表記のカレンダーが排除されるようだ。

 <再掲>
大分県佐伯市は1月6日、大安や仏滅といった「六曜」を記載した「10年ダイアリー(日記)」の配布中止を撤回すると発表した。昨年末に「科学的根拠のない迷信を信じることが差別につながる場合がある」として中止を決めたが、市は「西嶋泰義市長の政治的判断で配布する」としている。
  当初、佐伯市は、大分県とともに、六曜を表記したカレンダーの配布を中止するとしていた。世界農業遺産に認定された「国東半島宇佐地域」の写真を使い作製したカレンダー1900部、佐伯市平成28年ダイアリー50000部が廃棄物になるところだった。佐伯市内部から「科学的根拠のない迷信を信じることが差別につながる場合がある」という指摘を受けてのことだった。
  市内部から、どれほどの声が上がってのことかはわからないが、市長がビビッてすぐに配布の中止を表明するくらいだから、市職労や同和団体からの指摘と思って間違いなかろう。組合や同和の声をきかないと市政がまともにできない自治体であることが、このことからもわかる。彼らから指摘をうけると、善悪の判断なしに、ははーとそれに従う市長の慌てぶりが目に浮かぶ。しかし、市民からその措置はおかしいと苦情が来たのかもしれない。市長は年明けにカレンダーの配布を決定した。それがなんと政治決断だという。六曜カレンダーの作成・配布は佐伯市では政治問題にあたるらしい。つまり市長vs 組合または同和という構図か。よっぽど彼らが怖いのだろう。西嶋市長は「私の人権問題に対する認識不足。混乱を招いておわびする」と謝罪。「六曜は社会生活に溶け込んでいる迷信の一つ。科学的根拠のない迷信によって考え方や行動を左右されることは人権問題の解決を阻む要因の一つでもある。人権啓発を推進する立場にある市の出版物に記載することは適切でない」とした。では、この六曜がこれまで、どのような人権侵害を誘発してきたというのか。市長は市民に説明する義務がある。全国で六曜表記のカレンダーは無数にある。だったら、全国津々浦々で、多くの人権侵害がこれまで、そして今も行われているということだ。結婚式場や斎場を人権侵害で訴えたらどうか。
  結局のところ、これは佐伯市の左巻き職員、「科学的根拠のない迷信によって考え方や行動を左右されることは人権問題」と言いたいのだ。六曜カレンダーを人権問題として捉え、左翼運動として取り組んで行こうという意思表明と見ることができる。
  「科学的根拠のない迷信」で、次に狙われるのは何かな?

  で、この問題はその後どうなった? これに追随する自治体は出てきたか? マスコミがパッタリと報道しなくなったから、実は六曜表記のカレンダーが着々と役所から排除されているのかもしれない。 市民からクレームがこないうちに全廃しろと、左翼職員が着々と仕事をしていらっしゃるのかな。
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